
【一年後のわたしを幸せにする♡】
自分トリセツ✖️恋愛心理✖️エレガンスマナー
IRODORI 代表 おだかともこです
絶賛!!大河ドラマ『青天を衝け』に夢中のおだかともこです![]()
若い時は、歴史も大河ドラマも全く興味が湧きませんでした![]()
歳をとったのか最近は、日本の歴史だったり、
歴史に名を残す人のヒストリーが大好きです![]()
そこで、大河ドラマ『青天を衝け』で描かれた
渋沢栄一の後妻【渋沢兼子】の在り方に感銘をうけたので
そこから学びとったことをお伝えします![]()
◆◆ここから先は『青天を衝け』のネタバレがありますのでご注意ください◆◆◆
【渋沢兼子】という女性。
正直わたしは今回の大河ドラマではじめて知りました![]()
まさに「明治」という、まだ女性が自由に発言できない時代を
「自分のこころに正直に生きた女性」
なのではないでしょうか。
恐れ多くも「渋沢兼子」の人生を
語らせていただきます。
(諸説ございますのでご了承ください)
渋沢栄一は最愛の妻、千代と他界します。
明治の時代背景もあり、
すぐに再婚をもとめられた栄一のもとに、
後妻として嫁ぐことになった兼子。
兼子のご実家は「江戸一番の大富豪」
と呼ばれるまでになった
「伊藤八兵衛」の次女として生まれたそうです。
そしてその大金持ちを父にもつ兼子は
「婿養子」をとり、実家を継ぎます。
兼子は順風満帆の人生かと思いきや、
その後、父が米国商人との共同事情に失敗し、
なんと伊藤家は大没落してしまうのです。
そのことに関係してなのか、
兼子は夫と離婚をすることに。
/
実家は没落。
夫とは離婚。
\
まさに八方塞がり、絶望の兼子先輩…![]()
しかしここからが、兼子先輩の真骨頂!!
兼子先輩の次の逸話は有名なんだそう![]()
「実家もない。夫もいない。
でも自分はこうした中でも生きてみせる。
それも自分の力で生き抜いてみせる。
どんないい話でも『妾(めかけ)生活』は断固拒否!!
『自分の腕』で生きていく!!
芸者?上等じゃあないの!」
/
兼子先輩!!
痺れました!!
一生ついていきます
\
わたし、もう兼子さまの生き方にベタ惚れです❤️
①当時18歳とは思えない生き様
豪商の父、八兵衛の次女と生まれた金子がご実家を継ぐことになります。
この時代、実家を継ぐのは長男もしくは長女が大前提。
長女を差しおき、婿養子を迎えてご実家を継ぐ決断をなさった心意気もさることながら、
周囲にもそれを認めさせていることから、聡明であり才覚のある女性であったことが伺えます。
②周りの雑音なんて気にしない格好良さ
ご実家の大没落を経験し、当時の夫と離婚をなさいます。
令和のいまでこそ、離婚することが世間からも当たり前に
受け入れられるようになりましたが、
明治のこの時代、離婚することは『恥』と世間で
言われることもあったことでしょう。
しかしながら、周りになんと言われても構わない!
自分の人生を生きる!そんな格好良さが溢れてます![]()
③覚悟の決めかたがシビれる
路頭に迷う妹たちのため、芸者として生きる覚悟をするんです。
ご自身の運命を受け入れて、なおかつ切り開く姿勢がもう格好良すぎて![]()
自分の軸がブレないからこそ出来る覚悟がありますね![]()
④だれかに幸せにしてもらおうなんて思ってない
自分の力で生きていく!
どんなにいい話でも、妾生活にはならない!
女は嫁ぎ養ってもらい、家を守るという
当時では当たり前の常識ですら、兼子さまの前では通用しません![]()
だれかに幸せになんかしてもらわない。自分の腕で幸せになる!
最高です!!
めちゃくちゃ格好いい!!
わたし、大ファンになってしまいました。
この令和の時代ですら、離婚したら親に申し訳ないだとか、
世間の目を気にしていたりするひとがいるのに。
(フフフ…過去のわたしです
)
明治の時代に、こんな素敵な女性がいたなんて![]()
【渋沢兼子さまのオンナの生き様】
を通して、まさに「自分のこころに正直に生きる」ことが
大切で、それ以上のものはないなぁと思いました![]()

いま一度、立ち止まってみてください。
『あなたは、だれの人生を生きていますか?』
兼子さま特集は、次回に続きますのでお楽しみに![]()
変わりたいあなたを応援しています![]()
![]()
いつでもコメントお待ちしております![]()
ーーなにげない日常に、とくべつな彩りをーー
IRODORI 代表 おだかともこ
『今日もあなたに出会えたことに感謝いたします![]()
』

この記事へのコメントはありません。